
最初は、よくある営業だった。
名前は大和田獏郎。
やたら愛想がよくて、やたら人の懐に入るのがうまい。
「現場のこと、わかってますよ」
その一言で、なぜか皆、少しだけ心を開いた。
パンダ警備に来たのは、夏頃だった。
最初の1週間は完璧だった。
現場に顔を出し、隊員の名前を覚え、缶コーヒーを差し入れる。
林田ですら「あいつ、使えるな」と言った。
だが、2週間目から妙なことが起き始めた。
大和田は、現場に来なくなった。
代わりに、隊員のスマホにメッセージが届く。
「もっといい条件の現場、紹介できますよ」
最初は冗談だと思った。
だが、一人、また一人と姿を消していく。
沼田が言った。
「妙やな…辞め方が静かすぎる」
普通は文句の一つも出る。
だが今回は違った。
誰も何も言わずに、いなくなる。
まるで“最初からいなかった”みたいに。
⸻
3週間後。
パンダ警備のシフト表は、穴だらけになっていた。
12人。いや、13人。
ベテランも新人も関係なく消えた。
残ったのは、数人だけ。
林田は怒鳴った。
「大和田どこや!!呼んでこい!!」
だが、誰も答えられなかった。
そもそも——
大和田の“所属部署”を、誰も知らなかった。
⸻
調べてみると、履歴書はあった。
だが、写真が妙だった。
顔が、少しぼやけている。
目がどこを向いているのか。
右目は右過ぎ。
左目は左過ぎ。
いや、違う。
見るたびに印象が変わる。
ある時は優しそうで、
ある時は冷たく、
ある時は——最初から存在しない顔だった。
⸻
その頃、街では妙な噂が流れていた。
「白線の上で働く人間を、黒い場所に連れていく男がいる」
少し変わった採用条件だった。
秘密を守れるか?
給料も、環境も、何もかも全てに対して、、。
何のことですか?と、
とぼけられるか。
嘘がすこぶるうまいか。
人の悪口を平気で言いあえるか。
陰湿さを維持出来るか?
週一回のミーティングに休みなく参加出来るか?
ミドリガメは好きか?
どれもこれもよくわからない条件だった。
⸻
ある夜。
森岡が言った。
「俺、連絡きてるんすよ…大和田から」
全員が静まった。
「行くんか?」
森岡は少し笑った。
「いや…でも、一回話だけでも…」
その時、沼田が珍しく強く言った。
「やめとけ」
空気が重くなる。
沼田は続けた。
「わしな、昔…ああいうの、見たことある」
「人を“条件”で釣るんやない。
“居場所”ごと持っていくやつや」
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次の日。
森岡は来なかった。
⸻
そして奇妙なことが起きた。
シフト表から、森岡の名前が消えていた。
最初からいなかったかのように。
写真も、連絡先も、記録も——
全部。
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最後に残った林田が呟いた。
「大和田って…誰やったんや?」
⸻
その夜、事務所の電話が鳴る。
誰も出ない。
だが留守電だけが、静かに回っていた。
「——まだ枠、空いてますよ」
⸻
白線の上は、今日も安全だ。
ただし——
そこに立っている人間が、本当に“元からいた人間”かは、誰にもわからない。
今日も1日御安全に!!!🐼