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2026/06/02パンダ警備百点会④『白と黒の狭間で残る判断』

夜の現場は静かすぎた。

静かすぎる現場は、大体ろくなことが起きない。

「……沖副隊長、風も止まってますね」

新人の中山が不安そうに言う。

沖は白線の先を見たまま、短く答えた。

「止まってる時ほど動く」

その言葉の直後だった。

足音もなく、影だけが伸びる。

「久しぶりだな、沖」

——大和田獏郎だった。

街灯の下に現れたその男は、以前と何も変わっていない。

いや、変わっていないこと自体が異常だった。

「まだここにおったんか。パンダ警備に」

獏郎は笑う。

乾いた笑い。感情のない笑い。

「お前なら分かるやろ?こんな会社、いつでも抜けれる」

沖は振り返らない。

「大和田さん、邪魔せんといてくれるか?

今…仕事中や」

「仕事?それとも“義理”か?」

その一言で、空気が変わった。

中山が一歩下がる。

遠くで林田が無線を握りしめているのが見える。

獏郎は続ける。

「社長に恩があるんやろ?拾ってもらった、居場所くれた、飯食わせてもろた」

沖の手が、わずかに止まる。

「でもな——」

獏郎の声が低くなる。

「恩で縛られてるだけや。それ、鎖やで」

沈黙。

現場のコーンが、風もないのにカタカタと鳴る。

「オレのとこ来い、条件もいい。」

獏郎は言った。

「もっとデカい現場、もっとデカい金、もっと自由に動ける。

パンダの白線の上で一生立っとるつもりか?」

その言葉は、甘かった。

あまりにも現実的で、あまりにも冷酷な提案。

沖はゆっくり振り返る。

「……一つ聞く」

「なんや」

「お前のとこで働く連中、笑っとるか?」

一瞬だけ、獏郎の目が細くなる。

「笑う必要あるか?」

その答えで、沖は十分だった。

「ほな、無理やな」

沖は無線を取る。

「林田、現場維持や。外野が騒がしいだけや」

林田の声が少し震える。

『……了解』

獏郎はため息をついた。

「相変わらずやな。合理的やない」

「せやな」

沖はあっさり言う。

「でもな、合理で残っとるんちゃう」

一歩、前に出る。

「“ここで働きたい連中”がおるから残っとるだけや」

遠くで、天音がクスクス笑っている。

沼田は椅子で寝ている。

長松はトイレから戻ってこない。

それでも現場は回っている。

「……アホらし」

獏郎は背を向ける。

「その判断、後悔するで」

「せえへん」

即答だった。

獏郎の姿は、闇に溶けるように消えた。

静寂が戻る。

中山が恐る恐る聞く。

「副隊長……今の人……」

沖はいつもの調子に戻る。

「ただの営業や」

「営業……?」

「しつこいタイプのな」

その時、林田が駆け寄ってくる。

「沖!!大丈夫か!?あいつまた来たんか!!」

「来たで」

「どうする!?社長に報告か!?」

沖は少しだけ空を見上げる。

「……いらん」

「なんでや!」

「心配させるだけや」

林田は黙る。

沖は小さく笑った。

「社長にはな、安心して寝てもらう方がええ」

その言葉に、林田は何も言えなくなる。

白線の上に立つ理由。

それは金でも合理でもない。

——残る判断。

沖はいつも通り、誘導棒を振る。

「はい、どうぞー。ゆっくり進んでください」

何もなかったかのように。

だが、その足は——

一歩も、揺れていなかった。

今日も1日御安全に!!!🐼

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