
昼下がりの現場。
片側交互通行。
交通量はそこそこ、風は強い。
沖は、いつもの位置に立っていた。
「はい、どうぞー」
淡々と、正確に。
無駄のない誘導。
その時——
「沖さん、ですよね?」
背後から、やけに軽い声。
振り返ると、黒のマオカラースーツ姿の男。
場違いすぎる。
「……誰ですか」
男はニコッと笑う。
「金田です。大和田獏郎の下でやってます」
空気が、変わる。
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「用件は一つです」
金田は一歩、白線の内側に入る。
普通なら怒るところだが、沖は何も言わない。
「あなた、ここにいる人間じゃない」
「……何を根拠に」
「誘導、綺麗すぎるんですよ」
金田は笑いながら、続ける。
「無駄がない。迷いもない。
でも——“収まってる”」
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トラックが来る。
沖は一度視線を外し、誘導する。
「はい、右どうぞー」
完璧に流れる。
再び、金田を見る。
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「で?」
短く返す。
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「うちに来ませんか」
即答だった。
「断る」
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金田は、少しだけ驚いた顔をする。
「まだ条件も言ってませんけど」
「聞く必要ない」
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風が強くなる。
コーンがカタカタ揺れる。
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「給料は倍。現場も選べる。
人間関係も——かなり自由です」
「自由、ね」
沖は少しだけ笑う。
「“自由に見えるだけ”やろ」
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金田の目が、細くなる。
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「……やっぱり、知ってるんですね」
「知ってるから断っとる」
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一瞬の沈黙。
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「理由、聞いても?」
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沖は少し考えて、ポツッと答える。
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「社長に拾われた」
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それだけだった。
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「どうしようもない時に、
“ここでええ”言うてくれたんがパンダや」
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金田は何も言わない。
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「現場もクソみたいなんある。
隊長もクセ強い。
でもな——」
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遠くで、林田が怒鳴っている。
「おい沖!ぼーっとすな!」
長松はトイレに行っている。
天音は笑っている。
野高は右見たり、左見たり。
廣川も本間も淡々と仕事している。
津崎は怒っている。
磯野はニコニコしている。
梅おにぎり師匠は食べてる。
沼田は寝ている。
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沖は、少しだけ口元を緩める。
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「“戻る場所”があるんは、強いんや」
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金田は、小さくため息をついた。
「……なるほど」
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その時だった。
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「いい話ですね」
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背後から、もう一つの声。
低く、乾いた声。
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振り向かなくても分かる。
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「沖さん」
ゆっくり近づいてくる気配。
「情で仕事を選ぶ。嫌いじゃないですよ」
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沖は振り返る。
真正面から、見る。
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「何回言わせるんや」
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獏郎は笑う。
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「何回でも言わせますよ」
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その一言に、圧が乗る。
空気が重くなる。
車の音すら遠く感じる。
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「あなたは、こっちの人間だ」
「違うな」
即答。
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「俺は“パンダ警備の人間”や」
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一歩、前に出る沖。
白線の上。
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「ここで立つって決めた」
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獏郎の目が、ほんの少しだけ鋭くなる。
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「後悔しますよ」
「せん」
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「潰されますよ」
「上等や」
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「それでも来ますよ?」
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沖は、誘導灯をゆっくり構える。
いつもの動き。
いつもの姿勢。
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「何回来ても——」
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車が来る。
タイミングを見て、灯りを振る。
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「止めるだけや」
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沈黙。
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数秒後。
風が止む。
気配が消える。
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そこにはもう、誰もいなかった。
金田も、獏郎も。
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林田の怒鳴り声だけが戻ってくる。
「沖ぃ!!今の誰や!」
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沖は、何事もなかったように答える。
「営業や」
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天音がクスッと笑う。
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その日の終わり。
詰所のロッカー。
沖の制服のポケットに、紙が入っていた。
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「また来ます」
— 大和田獏郎
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沖は、それを見て——
無言でクシャッと潰した。
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そして、いつものように言う。
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「来たらええ」
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白線の上で、待っている。
今日も1日御安全に!!!🐼